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東京高等裁判所 平成4年(行コ)78号 判決

埼玉県川口市芝樋ノ爪一丁目八番五〇号

控訴人

山崎富二雄

右訴訟代理人弁護士

神山祐輔

深田正人

埼玉県川口市西川口四丁目六番一八号

被控訴人

西川口税務署長 吉田武

右訴訟代理人弁護士

西修一郎

右指定代理人

加藤美枝子

志村勉

瀧正弘

齊藤清幸

主文

本件控訴をいずれも棄却する。

訴訟費用は控訴人の負担とする。

事実

第一当事者双方の申立て

一  控訴人

1  被控訴人が昭和五九年一二月二五日付けでした控訴人の昭和五六年分所得税に係る更正及び過少申告加算税賦課決定のうち、所得金額については二〇六万円、納付すべき税額については六万四六〇〇円を超える部分、過少申告加算税額については右超過部分に対応する部分を取り消す。

2  被控訴人が昭和五九年一二月二五日付けでした控訴人の昭和五七年分所得税に係る更正及び過少申告加算税賦課決定のうち、所得金額については二一六万円、納付すべき税額については七万〇二〇〇円を超える部分、過少申告加算税額については右超過部分に対応する部分を取り消す。

3  被控訴人が昭和五九年一二月二五日付けでした控訴人の昭和五八年分所得税に係る更正及び過少申告加算税賦課決定のうち、所得金額については二三九万円、納付すべき税額については九万一二〇〇円を超える部分、過少申告加算税額については右超過部分に対応する部分(ただし、いずれも異議決定及び審査裁決により一部取り消されて後のもの。)を取り消す。

4  訴訟費用は、第一、第二審とも、被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

本件控訴をいずれも棄却する。

第二当事者の主張

当事者双方の事実上及び法律上の主張は、次のとおり当審における控訴人の主張を付加するほかは、原判決の事実摘示と同一であるから、これを引用する(ただし、原判決三九頁一行目の「三九〇四万九六九二円」を「三九〇四万九六九三円」に改める。)。

(控訴人の主張)

本件推計課税に合理性がないことについて

一  被控訴人は、本件推計課税をするに当たり、同業者率を採用し、比準同業者として、控訴人の納税地を管轄する西川口税務署及び近隣の浦和税務署等七か所の税務署官内に住所を有し、控訴人と同様に「茶小売業」を営む個人事業者であって、昭和五六年分ないし同五八年分の所得税を、青色申告で確定申告したものであることなど五要件に適合するものを抽出した旨主張している。しかし、右の抽出基準は、そもそも原処分時の抽出基準とは明確に異なるものであり、最も基礎的な資料である同業者の抽出基準を変更すること自体、その推計の合理性を疑わせるに十分である。また、このような被控訴人の主張の変更は、控訴人の攻撃、防御方法の適切な行使を封ずるものであり、容認することはできない。

二  被控訴人主張の推計方法は、同業者の立地条件、店舗面積、雇人の数等の極めて重要な要素を全て捨象している。推計方法の合理性の有無を判断するに当たっては、第一に当該推計方法が控訴人の営業規模、特殊事情をいかに正確に反映しているかが問題とされなければならない。

控訴人が営業している店舗は、JR京浜東北線蕨駅東口から徒歩約六分の、商店は比較的少ない住宅街にあり、付近に競合する店舗が数店あるばかりか、すぐ道路を挟んだ真向かいに「スーパーイイダ」が存し、同店では控訴人が扱う商品の殆ど全部を扱っている。したがって、控訴人としては、これらの商店との競争のために「同じ商品であれば、少しでも安く」する商法を採らざるをえず、月一回は特別にチラシを頒布して売出日を設け、茶の場合の市価の半額、牛乳の場合は仕入原価を割った値段で販売する工夫すらしているのである。また、控訴人が賃借している家屋は、一階が六・二五坪の店舗、二階が家族四人の住居部分であり、従業員は、控訴人と妻のほかパート一名ないし三名といういわば零細企業の部類に属するものである。被控訴人主張の推計方法は、控訴人の右のような営業の特殊事情、営業実態を無視したものであり、その不合理性は明らかである。

三  被控訴人が採用した同業者の抽出基準の五要件のうち、いわゆる倍半基準(比準同業者の抽出過程において、その売上原価を係争各年分の控訴人の売上原価のおよそ二分の一以上二倍以下の範囲内のものから抽出する方法)は、客観的合理性を有しない。被控訴人が主張するところによれば、その所得率の最高と最低は次のとおりであり、そこには二・三倍から二・六倍の格差がある。

昭和五六年分 最高一七・七八パーセント

最低六・八二パーセント

昭和五七年分 最高一八・〇七パーセント

最低七・八六パーセント

昭和五八年分 最高一七・七〇パーセント

最低七・〇八パーセント

右の事実から明らかなように、被控訴人が抽出した業者の所得率を単純に平均した数値をもって控訴人と類似の同業者の平均所得率というには、その合理性について疑問があるというべきである。

四  被控訴人は、各年分の仕入金額(控訴人も右金額を争うものではない。)をそのまま売上原価とみなし、これに比準同業者の平均差益率を当てはめて算出した数額を売上金額として主張している。

しかし、控訴人は、その販売する茶の大半を静岡県袋井市で専業として農業を営む控訴人の父山崎篤太郎から仕入れていた。控訴人が同人から仕入れた係争各年分の茶の仕入高は、次のとおりである。

昭和五六年分 一四六九万三六六〇円

昭和五七年分 一六七七万八四五〇円

昭和五八年分 一七五四万四八〇〇円

ところで、控訴人は、山崎篤太郎の農業経営が極めて困難な状況にあったことから、同人が生産した茶を一般の生産農家が農業協同組合を通じて販売する価格を大幅に上回る価格で購入し、同人の農業経営が立ち行くように配慮していた。そのために、控訴人の営業においては、その分売上原価が割高となり、差益率も低くなっていたのである。

五  以上のとおり、被控訴人が主張した比準同業者の平均所得率及び平均差益率を、控訴人の営業実態を無視して、無限定に、かつ、機械的に控訴人の所得算出の根拠とすることには、およそ合理性は認められない。

理由

一  当裁判所も、控訴人の本件各請求はいずれも理由がないから、これを棄却すべきものと判断する。その理由は、次のとおり補正し、当審における控訴人の主張に対する判断を付加するほかは、原判決の理由説示と同一であるから、これを引用する。

1  原判決の理由の補正

(一)  原判決五一頁二行目から三行目にかけての「原告の申告に係る所得金額に誤りがないかどうかを確認する方法」を「控訴人の申告に係る所得金額の計算が所得税法の規定に従った誤りのないものであるかどうかを確認する方法」に、同五二頁一行目冒頭から同三行目の「できるのであり」までを「しかしながら、申告納税方式をとる国税についても、税務署長は、申告に係る課税標準等又は税額等の計算が国税に関する法律の規定に従っていなかったときは右申告に係る課税標準等又は税額等を更正するのであり」に、同六行目から七行目にかけて、同八行目、同一一行目から五三頁一行目にかけて及び五四頁二行目の各「課税標準又は課税額等」を「課税標準等又は税額等」に改め、同五三頁八行目の「被告としては、」の次に「課税標準等又は税額等の計算が所得税法の規定に従っているかどうかが分からないのであるから、」を加える。

(二)  原判決五四頁四行目末尾の次に次のように加える。

「なお、控訴人は、篠崎係官が調査の理由を開示しなかったので控訴人としては調査に協力しようがない旨主張する。

しかし、本件係争各年分の確定申告書に事業所得金額以外の収入金額、必要経費の記載がなかったこと、篠崎係官が昭和五九年五月二二日に控訴人に対し所得金額の確認をしたいので、確定申告の基となった売上げ、仕入れ及び必要経費等の関係書類を見せてほしいと要請したことは前記認定のとおりであり、右事実によれば、篠崎係官の要請が事業所得の金額が所得税法二七条に規定するとおり総収入金額から必要経費を控除した金額となっているかどうかを確認する趣旨であることは通常の理解をもってすれば明らかである。したがって、控訴人の右主張も採用することはできない。

(三)  原判決五八頁五行目の「乙第二」を「乙第一」に、六〇頁三行目の「別表二ないし四」を「別表五ないし七」に改める。

(四)  原判決六四頁五行目冒頭から六五頁四行目末尾までを次のとおりに改める。

「控訴人は、被控訴人の推計により把握された係争各年分の控訴人の事業所得金額よりも、実額により算出された事業所得金額のほうが少額であると主張する。しかしながら、申告納税制度は納税者が正しい申告をするという前提の上に成り立っているのであるから、納税者は正しい申告をし、税務調査に対し直接資料を提示して申告内容の正しいことを説明する義務がある。そして、推計課税は納税者が直接資料を提出せず、税務調査に協力しないため、やむをえず間接資料により真実の所得金額に近似した額を推計して、これを真実の所得額と認定する課税方法の一つであり、課税庁において右推計課税の合理性について立証した場合には、右の方法により算出された金額をもって真実の所得額と認定すべきものである。したがって、推計課税に対して、いわゆる実額による反証を行って推計課税が違法とされるためには、単に実額につきその存在をある程度推測させるに足りる具体的事実を立証すれば足りるというものではなく、その主張する実額と真実の所得が合致することを合理的な疑いを容れない程度に立証する必要があるというべきである。」

(五)  原判決「理由」三の1を次のとおりに改める。

「1 売上金額について

原審における控訴人本人尋問の結果によると、右売上一覧表は、現金売上については本件係争各年分の日計簿(甲第一八及び一九号証(枝番を含む。)を、掛売りについては本件係争各年分の請求書控えの綴り(甲第二〇ないし二四号証〔枝番を含む。〕)を原始資料として作成されたものであることが認められる。しかし、前記のとおり、実額反証を成功に導くためには、控訴人主張の売上金額が真実の売上金額と合致することを合理的な疑いを容れない程度に立証する必要があるところ、右各証拠からはその立証は不十分である。

すなわち、現金売上に係る前記日計簿の根拠資料であるレジペーパー(甲第二九号証の一ないし一二)は、日計簿記載分の全てについて存在するわけではなく(原審及び当審における控訴人本人尋問の結果)、成立に争いのない乙第九号証の一ないし一七によると、任意の期間を取り上げてレジペーパーと日計簿の記載とを照合すると、昭和五六年から同五八年までの間の任意に抽出した合計七八日間のうちの二二日分についてレジペーパーの記載と日計簿の記載との間に齟齬があり、その金額は日計簿の金額が合計八六万一七二〇円少ないことが認められ、右金額が売上から除外されていたものと推認される。控訴人は、原審及び当審における本人尋問において、右の齟齬について、レジ操作の過誤や客へのサービスとして控訴人が負担した送料がレジペーパーに表示されなかったこと、商品の返品がレジペーパーに表示されなかったことから右の齟齬が生じた旨述べるが、その供述自体曖昧であり、客観的な裏付けに欠けるから、採用できない。掛売りの根拠資料として前記請求書控えの綴りが提出されているが、弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる乙第一二号証及び原審における控訴人本人尋問の結果によると、控訴人はプルトンチェン株式会社に対し、昭和五六年に一三万〇四〇〇円、同五七年に一四万〇六〇〇円、同五八年に一二万一六〇〇円を売り掛けているが、右掛売り分については請求書の控えが存在しておらず、右各金額は係争各年の売上金額には計上されていないことが認められる。右事実は、掛売りの全てが請求書控えの綴りから把握することができるとの控訴人の主張と矛盾し、これにそう原審における控訴人本人尋問の結果は採用することができない。」

(六)  原判決七〇頁五行目から六行目にかけての「原告本人尋問の結果」を「原審及び当審における控訴人本人尋問の結果」に改め、原判決「理由」三の3を次のとおりに改める。

「減価償却費については、前記甲第九、第一三及び第一七号証を根拠づける資料として甲第三八ないし第六三号証(枝番を含む。)を提出しているが、当審における控訴人本人尋問の結果によると、個々の償却資産を事業の用に供している割合は明らかでなく、また、控訴人が主張する減価償却費の計算は、減価償却に関する租税法規の規定に従ったものではなかったことが認められる。」

2  当審における控訴人の主張に対する判断

(一)  控訴人は、被控訴人が同業者率を採用するにあたり、原処分時の抽出基準を本件訴訟後に変更して主張することは違法であると主張する。しかし、課税処分取消訴訟における訴訟物は、所得金額に対する課税の違法一般であり、結論としての数額が処分時に客観的に存在した課税標準及び税額を上回らなければ、違法に納税義務を課したことにはならず、処分は適法である。したがって、その数額の計算の根拠となる事実は単なる攻撃防御の方法にすぎず、税務署長は、処分時の認定理由に拘束されることなく、当該課税処分に係る課税標準及び税額の数額を維持するための一切の理由を訴訟において主張することができるというべきである。控訴人は、右のような主張の変更は、控訴人の攻撃、防御方法の適切な行使を封じるものであるとも主張する。しかしながら、控訴人は、控訴人自身の係争各年分の課税標準及び税額を算出すべき事実関係を最も容易かつ正確に知りうる立場にあるから、右主張の変更により、その攻撃、防御方法の適切な行使が封ぜられるものとはいえない。控訴人の右主張は理由がない。

(二)  控訴人は、被控訴人が主張する推計方法は、同業者の立地条件、店舗面積、雇人の数等の極めて重要な要素を捨象しており、控訴人の営業の特殊事情や営業実態を無視しているから、不合理であると主張する。しかし、控訴人の営業の基本的条件が比準同業者の抽出過程で考慮されていることは、原判決が説示するとおりである。被控訴人が主張する同業者率による推計方法は、平均値による推計であるから、同業者間に通常存在する程度の営業条件の差異は捨象されていると考えられる。したがって、控訴人に平均値による推計自体を全く不合理であるとする程度に顕著な営業条件の差異がある場合でなければ、その合理性を覆すことはできないといえる。控訴人がその営業の特殊事情として主張するものは、いずれも同業者間に通常存在する程度の営業条件の差異にすぎない。控訴人の右主張は理由がない。

(三)  控訴人は、被控訴人が採用した同業者の抽出基準の要件のうちのいわゆる倍半基準は合理性を有しないと主張する。しかし、被控訴人が行った比準同業者抽出の過程において、被控訴人の思惑や恣意が介在する余地のないことは乙第一ないし八号証の各一、二及び証人岡芹光夫の証言により認められるところであり、抽出された同業者間に控訴人が指摘する所得率の格差が認められることは、逆に被控訴人の恣意等の介在しなかったことを示すものといえる。本件において被控訴人が採用したいわゆる倍半基準は、売上原価について著しい格差を示す特殊な同業者を排除することによって、より客観的な数値を求めようとするものであって、他の四要件と併せて合理的な要件といえる。控訴人の主張は理由がない。

(四)  控訴人は、その販売する茶の大半を父山崎篤太郎から割高な価格で仕入れていたから、差益率も低いと主張する。しかし、控訴人が山崎篤太郎から仕入れた茶の代金を示す書証として提出した甲第三四ないし三六号証は、継続性及び明白性のある正規の会計帳簿ではないから、それをそのまま信用することはできない。また、当審における控訴人本人尋問の結果によると、仕入価格が割高であると主張する根拠も、比較の対象である農業協同組合の生産農家からの買入価格は荒茶の価格であるのに対し、控訴人の山崎篤太郎からの仕入価格は仕上茶の価格であるし、一般の茶小売業者が農業協同組合から仕入れる場合は、農業協同組合が仕上げをして、仕上茶の値段で仕入れるというのであるから、山崎篤太郎(生産農家)が農業協同組合の売り渡す値段と控訴人が同人から仕入れる値段とを比較して、控訴人の仕入価格は他の小売業者のそれと違いがあり、ひいては差益率にも違いが出て来ると主張することは正当ではない。控訴人の右主張は理由がない。

二  以上によると、当裁判所の右の判断と同旨の原判決は相当であり、本件控訴はいずれも理由がないから、これを棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 櫻井文夫 裁判官 渡邉等 裁判官 柴田寛之)

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